月の窓から

Late, by myself, in the boat of myself

「なにも知らず、ひっそりと生きて、ひっそりと死にたい」

「なにも知らず、ひっそりと生きて、ひっそりと死にたい」

統合失調症と20年以上の闘病生活を送っているひとがそうつぶやいた。

受けてきた差別の数々。
職場では「戦力外」。
家庭環境も悪く。
陽性症状は年単位で悪化。
薬の副作用のアカシジアで歩くこともままならない。

それでも「寛解を諦めない」「ささやかな幸せが欲しい」と言葉は力を失わない。

繰り返し訪れる自殺の誘惑を振り切り、ギャンブルの誘惑を振り切り。

それは途方もない強さに私には見えた。


光うしないたる眼うつろに
肢うしないたる体になわれて
診察台の上にどさりとのせられた癩者よ
私はあなたの前に首をたれる。

あなたは黙っている
かすかに微笑んでさえいる
ああ しかし その沈黙は 微笑は
長い戦の後にかちとられたものだ。

運命とすれすれに生きているあなたよ
のがれようとて放さぬその鉄の手に
朝も昼もつかまえられて
十年、二十年と生きてきたあなたよ

なぜ私たちでなくてあなたが?
あなたは代わって下さったのだ
代わって人としてあらゆるものを奪われ
地獄の責苦を悩みぬいて下さったのだ。

ゆるして下さい、癩の人よ
浅く、かろく、生の海の面に浮かびただよい
そこはかとなく 神だの霊魂だのと
きこえよき言葉をあやつる私たちを。

心に叫んで首をたれれば
あなたはただ黙っている
そしていたましくも歪められた面に
かすかな微笑みさえ浮かべている。

――「癩者に」神谷美恵子


彼と私を分かつものはなんだろうかと、運命の不思議を思い、回復を切に願う。
私はそんな地獄から、運よく逃げた。
逃げて、逃げて、つかの間、桃源郷である今の職場に辿り着いた。

恵まれている、いまのうちに、できる限りのことをしなければならない。
そうして、思う。
次働くのも、この会社がいいと。
もし雇止めになるとしても、部署が変わって辛くなるとしても、また戻ってでもこの会社で働き続けたいと。

入社1年が過ぎ、内線帳の肩書が変わって、名前の後ろについていた(contract)の文字もなくなって、見た目には正社員と違いがわからなくなった。
チームには非正規から成り上がった先輩が2人いて、そのうちひとりは私と同じエージェント経由で入った、近い病を抱えた人だ。
正直実力で彼らに私は及ばない(唯一英語は私の方ができると思う)。
新しいプロジェクトに誘ってくれたその先輩が、私の雇止めの可能性をとても気にかけてくれていたことを知る。
私がいつでも正社員になれるように、トラストを積み上げるチャンスをくれた。

自分はもうそういうひととして生きていくつもりでいた。
特例子会社でいいと思っていた。
記念受験で受けたこの会社に受かってしまった。
誰も自分を差別しなかった。
チャンスがあって正社員になった。
変われということではなく、いつでも待っているから。

話を聞きながら泣いた。我慢しようとしても涙が止まらなかった。話し終わった後トイレで声をあげて泣いた。

私は弱い人間だから、絶望はもう、こりごりなんだ。今とても、幸せなんだ。
こんな風に優しいひとたちに囲まれて、愛されて。

「ひっそりと生きて、ひっそりと死にたい」
長らくそう思っていた頃が私にもあった。
今は日の光の下で生き切りたいと思う。

私にはしっぽがいくつも生えていて、たくさんのひとたちとつながっている。
その中には病床にある名前も知らないひとたちも含まれている。
かき消されそうな小さな声が無数にあることを、私は知っている。
その声に、どんな生き方で応えられるだろうか。

園子温監督の映画「ヒミズ」のラストシーンが、絶望の原作と違い希望に変えられていたことを思い出す。
主人公に向かって「住田がんばれ」と何度も叫び続けるそのシーンについて、園監督が「希望に負けた」と話しているのをどこかで読んだ。
私も希望に負けている。